9月 14, 2022

デュメンオレンジのCEOにより日本との100年にわたる家族の絆が復活

 

デュメンオレンジのCEOにより日本との100年にわたる家族の絆が復活

 

 

日本への出張中、花卉育種のリーディングカンパニーであるデュメンオレンジのCEO、ヒューゴ・ノールトフーク・ヘフトは、横浜にある先祖の墓を訪れました。オランダのノールトフーク・ヘフト家の子孫であるヒューゴは、いつか日本にあるマリヌス・ノールトフーク・ヘフト(1821年~1894年)の墓参りをしたいとずっと思っていました。

 

マリヌス・ノールトフーク・ヘフトは、19世紀半ばにオランダから日本に移住し、横浜で商人として成功した人物です。彼はヘフト・ブルワリーのオーナーであり、日本のビール醸造業界におけるパイオニア・開発者の1人でした。スプリングバレー・ブルワリー (続いてキリンビールの前身であるジャパン・ブルワリー) のビール醸造者であったE・ウィーガント氏は、マリヌス・ノールトフーク・ヘフトの会社で働いていました。

 

「マリヌス・ノールトフーク・ヘフトは、横浜に日本で初となる西洋劇場を設立するなど、日本の演劇界において影響力のある人でした」と ヒューゴは言います。ゲーテ座と名付けられたこの劇場は、横浜にある現在の岩崎博物館の地下で運営され、今でも演劇や音楽を愛する人々に親しまれる施設となっています。

 

岩崎博物館の多大な協力により、ヒューゴは先祖の墓を訪れる機会を得ることができました。彼は、「マリヌス・ノールトフーク・ヘフトについて聞き及んでいる歴史的事実や伝説の全てに触発されました」と述べ、そして、「横浜の経済的・文化的生活を発展させ、日本とオランダの間の異文化コミュニケーションの扉を開くために彼の行った全てのことを誇りに思います」と言葉を続けます。

 

ヒューゴは、マリヌスの墓にデュメンオレンジの美しいバラの花束を残しました。彼は、「日本と祖先との繋がりを復活させることは素晴らしいことです」、「私たちの祖先は100年以上も前から日本に貢献してきましたが、これはデュメンオレンジとして今私たちがやっていることと同じことなのです」と語っています。 既に日本で誇り高いレガシーを持つデュメンオレンジは、日本を重要な市場であると捉えておりますが、その理由は、CEOの日本との特別な関係のみによるものではなく、日本市場に成長の機会があると考えているためです。デュメンオレンジは、日本市場に適切に投資を行います。今年の2月、日本チームは静岡県浜松市内で事務所を移転しました。デュメンオレンジは、日本における同社のインフラと能力にさらに投資することで、生産者やバリューチェーンパートナーと緊密に協力しながら消費を喚起し、より良い、より美しい日本を作るという決意を新たにしています。